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福岡県労働委員会委員コラム 第31回
第31回
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「人事評価におけるAI活用、そして対話」
公益委員 丸谷 浩介
組織において「人を評価する」という行為は、古くから最も困難な課題の一つとされてきました。職場の上司が部下の持つ能力を正当に把握し、その成果を客観的に判断しようと努めても、そこには常に主観や個人的な選り好みが混入するリスクが伴います。どれほど公平な評価基準を設けたとしても、評価される側に「結局は上司の主観ではないか」という疑念が生じれば、その不信感を完全に拭い去ることは容易ではありません。特に賃金や昇進に直結する人事評価において、透明性と納得感を両立させるには、多大な労力と慎重な運用が求められるのが実情です。 こうした課題の解決策として期待を集めているのが、近年の目覚ましいAI(人工知能)技術の発展です。雇用現場においても、データに基づいて組織や個人のパフォーマンスを分析する手法が急速に普及しています。膨大なデータに基づいた客観的な評価はAIの得意分野だからです。過去の膨大な事例や多角的なパフォーマンスデータを照らし合わせれば、人間特有のバイアスを排除した公平な判断が下せるのではないか、と検討されるのは極めて自然な流れと言えるでしょう。 ところで、児童虐待が疑われる子どもを児童相談所で一時保護をするかどうかの判断は、なかなか難しい問題が含まれています。子ども家庭庁は、過去の膨大な事例を参照して一時保護の要否を迅速かつ適切に判断することを目指しましたが、実証実験では判定結果の約6割に誤りがあることが判明しました。このシステム開発には10億円かかっていますが最終的には導入が見送られています。この事例はAIが示す判断の「正解のようなもの」を過信できないことを示しています。 ここで忘れてはならないのは、AIもまた「万能の神」ではないという点です。AIが学習する過去のデータそのものに人間の偏見が含まれていれば、出力される結果にもその偏りが継承されます。どのような項目を重視し、何を基準に判断させるかというアルゴリズムの設計を行うのは人間である以上、そこには設計者の意図や価値観が不可避に介在します。つまり、AIというフィルターを通したとしても、完全な客観性が担保されているとは限らないのです。 とはいえ、今後も人事評価におけるAIの活用範囲は、好むと好まざるとに関わらず拡大していくでしょう。ここで真に問われるべきは、AI導入の是非そのものではなく、評価結果に対する納得感です。労働者が人事評価結果に異議を申し立てても、使用者はAIが判断した、として聞く耳を持たないかもしれません。しかし、そこで発生している問題は、使用者がAIに委ねることの是非にあるのではなく、労使間での円滑なコミュニケーションが行われていないことにあります。AI時代での労使間のコミュニケーション円滑化のために、労働委員会が発揮できる力は少なくないものと思います。 |


