本文
福岡県労働委員会委員コラム 第6回
第6回
「括弧に入れること・括弧を外すこと」
使用者委員 中村 年孝
昨年、11月9日に全労委使用者委員連絡会議応用研修会が経団連会館で開催されました。その基調講演において、慶應義塾大学法科大学院教授である元中央労働委員会公益委員の両角先生がお話になったことで、非常に印象に残った言葉がありましたので、このコラムで改めてご紹介したいと思います。
それが、表題に掲げた「括弧に入れること・括弧を外すこと」です。私たち労働委員会の委員は、持ち込まれた事件に対して、それぞれの立場を踏まえながら、調査をし、審問を行い、解決を図ろうとします。その際、基準となるものとして、法律例えば労働組合法を用いることになります。つまり、「括弧に入れて」判断を行うわけです。
労働委員会の役割としては、事件が持ち込まれた際、できるだけ和解にもっていくことが挙げられます。ところが、現実的には、和解にもっていくことほど難しいものはないと感じています。何故なのでしょうか。
色々な理由が考えられるわけですが、一つの理由としては、まさに「括弧に入れること」だけを考えて、事件をとらえようとしているからではないかと思います。事件は、様々な環境の中で発生します。その中には、括弧に入れることを怠った、あるいは、知らない会社の経営者に起因して発生したものがあります。そうすると、その事件を「括弧に入れて」和解にもっていこうとしても、できないという結論に達してしまいます。
そこで、和解をあきらめて命令にもっていこうとする前に、必要になってくるのが、「括弧をはずすこと」、そのことを、両角先生は提言されているのではないかと思います。法律論としては、しかじかの結論だけれども、改めて素直に、あるがままに両当事者の主張に耳を傾け、何らかの接点をさぐっていくこと、それが和解につながっていくのではないかということです。
私が使用者側委員に任命されて、2年4か月が経とうとしています。その間、審査事件、調整事件を担当する中で、果たして「括弧を外して」事件を見たことがあったかと感じています。そうした意味でも、今回の講演でのお話は、私にとってはすっと腹落ちするお話でした。コラムをご覧になった皆さん、物事の判断に行き詰った時には、「括弧に入れること」ばかりでなく「括弧を外すこと」を実践されてみてはいかがでしょうか。
参考文献 柄谷行人『倫理21』(平凡社ライブラリー、2003) |