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福岡県労働委員会委員コラム 第25回
第25回
「命令と和解」
会長 上田 竹志
労働委員会が行う審査手続には、手続終了の方法として、主に「命令」(労働組合法27条の12)と「和解」(同法27条の14)の2種類があります。 命令では、両当事者が主張した事実を、証拠に基づいて認定し、認定した事実に基づいて、申立人である労働組合が主張する不当労働行為(労組法7条)が認められるか、認められるとしたらどのような救済を命じるかを、労働委員会が判断します。裁判における判決と同じようなものです。 和解は、労働委員会の関与や勧めに応じて、両当事者が一定の紛争解決内容について合意をすることです。その基礎には、民法上の和解契約(民法695条)があります。裁判でも、訴訟上の和解という、やはり同じような制度があります。 さて、問題は、労働紛争の解決にとって、命令と和解のどちらが望ましいか、労働委員会は、どちらに比重を置いて手続を進めるべきか、ということです。 一般的に見れば、和解の方が、紛争解決にとっては望ましいように思えます。命令では、「申立人の主張する、過去に生じたとされる行為が、不当労働行為と評価されるかされないか」という、過去志向の判断を行います。当事者間の、これからの労使関係をどのように構築してゆくべきかという、一番大事な未来志向の問題を、直接に扱うことはできません。これに対して、和解は、申立ての内容に縛られることなく、自由に和解内容を提案することができます。今後の団体交渉のルールや、組合員のこれからの処遇の詳細なども、和解条項に含めることができます。また、和解は両当事者の合意を本質的な要素に含むので、これからの労使関係を健全に構築するという意味でも、一定の合意点を見出すことは望ましいでしょう。 では、「和解が命令よりも優先される」という結論で話が終わるかというと、必ずしもそうではありません。私は普段、大学で民事訴訟法という裁判のルールを研究していますが、裁判の世界では、「和解が判決よりも優先される」とはあまり言わないのです。なぜでしょうか。 まず、和解はいつでもできます。当事者は、手続の段階に関わらず、自主交渉を進めて合意に達すれば、和解ないし手続の取下げによって、紛争を解決できます。第三者である労働委員会は、その支援を行いますが、和解の本質は当事者の意思にあるので、和解を強制することはできません。和解の主役は労働委員会ではなく、当事者です。 また、労働委員会の目から見て、望ましい和解内容があったとしましょう。それは、中立な第三者の目から判断している点で、より冷静で穏当な内容かもしれませんが、それが本当に当事者にとって良い内容かは、客観的に決められるものではありません。社会的な営みとは、正解がないところで、過去と未来を結びつける決断をその都度行うものです。和解の主役は、やはり労働委員会ではなく、当事者なのです。 こう考えると、労働委員会が当事者に和解を勧める際には、一定の限界があるように思えます。申立人である労働組合は、命令を求めて審査手続の申立てを行います(和解だけが目的であれば、あっせん申立てを行うでしょう)。しかし、「当事者が命令を求めているのに、労働委員会が和解を勧めてきて、いつまでたっても命令をもらえない」という事態は、あまり望ましくないようにも思えます。 以上の問題は、人によってかなり意見が異なるのですが(全国的には、和解を重視する傾向にあるようです)、福岡県労働委員会は、集中的な和解の勧めと並行して、審理スケジュールを定めて迅速な命令の発出を目指すことで、命令と和解のバランスを取っていると理解しています。もちろん、福岡県労働委員会の元で和解が成立すれば、一番望ましいので、公益委員、労働者委員及び使用者委員は、その支援に尽力します。しかし、上記のバランシングにより、福岡県労働委員会は、全国の中でも特に手続の迅速化に成功した例となっています。 |