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世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」とは

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年7月9日更新

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」とは

 日本は、幕末から明治期にかけて、西洋地域以外の地域において初めて、かつ極めて短期間のうちに近代産業化を果たし、飛躍的な発展を成し遂げました。
 「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」は、製鉄・製鋼、造船、石炭産業という密接に関連する3つの重工業の発展を中心に据え、現存する歴史的な建造物や土木構造物、遺跡などの物的証拠により、日本の近代産業化が世界史的観点から極めて重要であることを証明する遺産群です。
 構成資産は、九州(福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県)・山口県を中心に、静岡県や岩手県を含む8県11市に分散して立地しています。相互に密接な関連性があり、遺産群全体で一つの世界遺産としての価値を有しています。

世界文化遺産登録に向けての取り組み

  「明治日本の産業革命遺産」は、平成21年1月、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産暫定リストに登録されました。
  暫定リストへの登録を受け、関係自治体では『「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会』(※)を構成し、世界文化遺産登録に向けた活動を本格的に進めてきました。
 その結果、平成26年1月、本遺産群が平成25年度の世界文化遺産国内推薦案件として、政府より推薦書がユネスコ世界遺産センターへ提出されました。そして、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)による書類審査、現地調査を経て、平成27年7月8日にユネスコ世界遺産委員会において、世界文化遺産に登録されました。

 ※世界遺産登録後、『「明治日本の産業革命遺産」世界遺産協議会』に名称変更。

「明治日本の産業革命遺産」世界遺産推進協議会

事務局

 鹿児島県

構成団体(8県11市)

 福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県、山口県、岩手県、静岡県
 北九州市、大牟田市、中間市、佐賀市、長崎市、荒尾市、宇城市、鹿児島市、萩市、釜石市、伊豆の国市
 オブザーバー:飯塚市、田川市、唐津市、下関市

 

構成資産

<エリア1 萩> (山口県萩市)
 1-1 萩反射炉 
 1-2 恵美須ヶ鼻造船所跡
 1-3 大板山たたら製鉄遺跡
 1-4 萩城下町
 1-5 松下村塾
<エリア2 鹿児島>(鹿児島県鹿児島市)
 2-1 旧集成館 
 2-2 寺山炭窯跡 
 2-3 関吉の疎水溝   
<エリア3 韮山>(静岡県伊豆の国市)
 3-1  韮山反射炉 
<エリア4 釜石>(岩手県釜石市)
 4-1 橋野鉄鉱山
<エリア5 佐賀>(佐賀県佐賀市)
 5-1 三重津海軍所跡
<エリア6 長崎>(長崎県長崎市)
 6-1 小菅修船場跡
 6-2 長崎造船所第三船渠
 6-3 長崎造船所ジャイアント・カンチレバークレーン
 6-4 長崎造船所旧木型場
 6-5 長崎造船所占勝閣
 6-6 高島炭坑 
 6-7 端島炭坑
 6-8 旧グラバー住宅
<エリア7 三池>(大牟田市、熊本県荒尾市、熊本県宇城市)
 7-1  三池炭鉱・三池港
     宮原坑  (大牟田市)
     万田坑  (熊本県荒尾市/大牟田市)
     専用鉄道敷跡 (大牟田市/熊本県荒尾市)  
     三池港 (大牟田市)
 7-2  三角西港 (熊本県宇城市)
<エリア8 八幡>(北九州市、中間市)
 8-1  官営八幡製鐵所
      旧本事務所 (北九州市)  
      修繕工場 (北九州市)
      旧鍛冶工場 (北九州市)
 8-2   遠賀川水源地ポンプ室 (中間市)

福岡県の構成資産

【三池炭鉱・三池港】

 三池炭鉱は、高島炭鉱に次ぎ、日本で2番目に近代化された炭鉱です。明治政府から払い下げを受けた三井により、イギリスの最先端の排水・巻揚機などの鉱山機械が導入され、大量の石炭を産出しました。また、専用鉄道の開通、三池港の築港が行われ、物流の効率化が図られました。

 明治日本の急速な産業化を支えた三池炭鉱・三池港は、坑口、鉄道、港湾の石炭産業に関わる一連の諸施設が良好な形で現存しており、産業発展の歴史を物語る物証となっています。

宮原坑です。第二竪坑が残り、鋼製の櫓や煉瓦造りの巻揚機室などから、当時の様子をしのぶことができます。 宮原坑 (大牟田市) <国指定重要文化財・史跡>

宮原坑は、1898年(明治31年)から1931年(昭和6年)まで、年間40から50万トンを出炭した三池炭鉱の坑口の一つです。
坑内から湧き出る大量の地下水が課題でしたが、イギリスのデビー社製ポンプの導入により解決が図られました。         現在は、1901年(明治34年)に完成した第二竪坑が残り、鋼製の櫓や煉瓦造りの巻揚機室、デビーポンプ室の壁などから、当時の様子をしのぶことができます。 

万田坑の写真です。第二竪坑の鋼製の櫓、巻揚機室などの施設が良好に保存されています。万田坑 (熊本県荒尾市/大牟田市 ) <国指定重要文化財・史跡>

熊本県荒尾市と大牟田市にまたがる万田坑は、宮原坑に続き開削された三池炭鉱の主力坑です。1902年(明治35年)から1951年(昭和26年)まで採炭が行われていました。
現在、1908年(明治41年)に完成した第二竪坑の鋼製の櫓、巻揚機室、旧扇風機室などが良好に保存されており、石炭の採掘から選炭、運搬に至る一連のシステムを知ることができます。  

三池炭鉱専用鉄道敷跡です。各坑口から産出した石炭や資材を輸送するために敷設されました。専用鉄道敷跡 (大牟田市/熊本県荒尾市)
<国指定史跡、景観重要建造物>

専用鉄道敷は、三池炭鉱の各坑口で掘り出された石炭や坑口で使用する資材などを輸送するために敷設されました。
石炭生産の全盛期には総延長約150キロメートルにも及び、一時期は通勤用としても利用されていました。
現在は、不要線路のほとんどは撤去されましたが、路床や煉瓦造りの橋脚などの構造物を見ることができます。 

上空から撮影した三池港の写真です。開港当時の姿を現在まで留める現役の港湾です。三池港 (大牟田市)

三池港は、干満差の激しい有明海に面する三池の地から石炭を直接大型船で搬出するために築かれました。三池港築港により、三池炭の輸出量は急速に増加し、日本の近代産業化に著しい貢献を果たしました。長大な防砂堤や潮待ちのための内港、干満に関わらず大型船の接岸を可能にするための閘門を有する船渠が計画的に配置され、上空から見た形が羽ばたく鳥のように見える優美な姿が特徴です。1908年(明治41年)の開港当時の姿を良好に留めており、現在も重要港湾として機能しています。 

関係自治体ホームページ(交通アクセス等)

   大牟田市ホームページ  〔外部リンク(新しいウィンドウで開きます)〕

【官営八幡製鐵所】   写真提供/新日鐵住金(株)八幡製鐵所

 明治維新後、産業革命の進展に伴う急速な鋼材需要の増加により、銑鋼(せんこう)一貫製鉄所設立の機運が高まりました。日本で最大の石炭算出量を持つ筑豊炭田に隣接していたことや地元の熱心な誘致活動が実を結び、八幡村に製鐵所の設置が決まりました。
 官営八幡製鐵所は、ドイツから最先端技術を導入し、当初、計画通りの生産ができなかったものの、日本の風土にあった高炉の改変や操業方法の改善により、操業開始から10年で事業化に成功しました。その後の3度にわたる拡張計画の実施により、鋼材生産が増大し、日本の重工業化に大きく貢献しました。

官営八幡製鐵所旧本事務所の写真です。レンガ造りの建造物で製鐵所の中核施設でした。旧本事務所 (北九州市) <景観重要建造物>

旧本事務所は、八幡製鐵所の創業2年前の1899年(明治32年)に建設された日本と西欧の建築様式を併せ持った建物です。中央にドームを持つ左右対称形の赤煉瓦建造物で、長官室や技監室、外国人顧問技師室などがある製鐵所の中核施設でした。1922年(大正11年)までは本事務所として使用されていましたが、その後は鉄鋼研究所や検査室などとして利用されました。

【注意】
(1)施設は八幡製鐵所構内にあるため公開していません。
(2)画像の転載を禁止します。 

官営八幡製鐵所修繕工場の内部の写真です。現存する日本最古の鉄骨建造物で現在も稼働しています。修繕工場 (北九州市) <景観重要建造物>

修繕工場は、製鐵所で使用する機械の修繕、部材の製作加工などを行う目的で、1900年(明治33年)にドイツのグーテホフヌンクスヒュッテ(GHH.)社の設計と鋼材を用いて建設されました。当時の製鐵所には、制作加工や機械の組立、修繕を行う工場群があり、ここはその中心的な施設でした。現存する日本最古級の鉄骨建造物で、創業から現在まで110年以上の間、修繕工場として稼働しています。

【注意】
(1)施設は八幡製鐵所構内にあるため公開していません。
(2)画像の転載を禁止します。 

官営八幡製鐵所旧鍛冶工場の外観の写真です。製鐵所建設のために使用する鍛造品の製造を行いました。旧鍛冶工場 (北九州市) <景観重要建造物>

旧鍛冶工場は、製鐵所建設に必要な鍛造品の製造を行う目的で、1900年(明治33年)に修繕工場と同じくドイツのGHH.社の設計と鋼材を用いて建設された鉄骨建造物です。鍛冶工場では、機械据え付け用の金物や大型の工具を造っていました。製鐵所の拡張工事により増築されましたが、その後、1917年(大正5年)に現在地へ移築されるとともに製品試験所になりました。現在は、創業以来製鐵所が保有する古文書、写真など約4万点の史料を保存する史料室として利用されています。

【注意】
(1)施設は八幡製鐵所構内にあるため公開していません。
(2)画像の転載を禁止します。 

遠賀川水源地ポンプ室の外観の写真です。製鉄所まで工業用水を送る役割を担い、現在も稼働しています。遠賀川水源地ポンプ室 (中間市)<景観重要建造物>

遠賀川水源地ポンプ室は、鉄鋼の増産に伴う工業用水不足を補うため1909年(明治42年)に建設された、遠賀川の河口から約10キロにある八幡製鐵所の取水及び送水施設です。壁には赤煉瓦と当時生産が始まったばかりの鉱滓煉瓦が用いられ、意匠を凝らした建物となっています。
創業当時は蒸気ポンプを使用していましたが、1950年(昭和25年)に電動化されました。現在も現役で稼働しています。

【注意】
(1)施設は八幡製鐵所構内にあるため公開していません。
(2)画像の転載を禁止します。 

関係自治体ホームページ(交通アクセス等)

   北九州市 ホームページ 〔外部リンク(新しいウィンドウで開きます)〕
   中間市 ホームページ 〔外部リンク(新しいウィンドウで開きます)〕

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