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2016 夏号 SUMMER 通巻583号 平成28年6月20日発行(季刊)
発行 / 福岡県 県民情報広報課

 
 
 

福岡海街紀行

第1回
写真=古谷千佳子

筑後川・矢部川

海の源

福岡の豊かな
「海」を訪ねる新企画。
第一回は、
有明海に豊かな
海の恵みをもたらす源、
筑後川と矢部川を訪れ、
川と街と人々が織りなす、
くらしの風景を巡ります。

塚本辰己(つかもと たつみ)・和代(かずよ)さん夫妻

河口から約16キロメートル。下田大橋と六五郎橋の間で網を流す塚本辰己(つかもと たつみ)・和代(かずよ)さん夫妻

 
筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)

筑後川のシンボルともなっている筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)。旧国鉄佐賀線の鉄橋として1935(昭和10)年に竣工、1987(昭和62)年廃線。現存する可動橋としては世界最古(国指定重要文化財)

 

日本で唯一の筑後川のエツ漁

 薫風が川面をわたる5月、筑後川ではエツ漁が始まります。漁法は、長さ200メートルの網を数百メートルにわたって川に流す「えつ流刺網」。銀色のウロコを持つエツは水を跳ねてきらめき、岸や橋の上からも網をあげる様子がよく分かります。近くで見るエツは、身は薄くナイフのような形ですが、顔つきは愛嬌いっぱい。日本では有明海とそこに注ぐ川にしか生息しない希少な魚です。筑後川では昔ながらの漁を行いつつ、稚魚の放流にも力を注いでいます。

葦の葉とともに皿に盛られたエツ。弘法大師が筑後川に流した葦の葉がエツになったという伝説がある

葦の葉とともに皿に盛られたエツ
 

筑後川の宝「エツ」を増やす不断の努力

 「エツの産卵場所は河口から15から21キロメートルの塩分濃度0.2から1パーセントの汽水域」と話す下筑後川漁業協同組合中間育成センター長の塚本辰己さん。「船の上で卵を取り出しオスの精子をかけて受精させ、すぐに放流することを受精卵放流、受精させた卵をふ化させ漁協の育成センターで飼育後、稚魚を放流することを種苗(しゅびょう)放流と言います」。漁に長(た)けた川漁師も、受精に適した卵の選別や受精の方法、飼育の技法となるとどれも未知の世界。県水産海洋技術センターとともに試行錯誤の末、稚魚の生産量が安定したのは近年のこと。放流数は数十万匹に達し、エツ漁の安定にも貢献しています。

ふ化・稚魚飼育ともに困難を極めたエツ種苗生産だが、近年技術は飛躍的に向上。毎年数十万匹を放流する

エツ種苗生産の様子
 

台所に響く初夏の音、食卓にのぼる川の味

 塚本さんは「ここまでのぼってくるから脂が乗っておいしい」と川と海のエツの違いを強調。鮮魚コーナーにパックが並び、飲食店の軒先に「エツ姿寿司」の幟(のぼり)がはためくほど、エツは流域の暮らしに溶け込んでいます。淡白な身質は刺し身はもちろん、煮付け、唐揚げ、南蛮漬けなど、どんな料理にも合います。ただ、小骨が多いため料理に際して骨切りの一手間は欠かせず、小骨をジョリッ、ジョリッと刻む音が台所から響けば、筑後地方の暮らしは一挙に夏を迎えます。

食卓に並ぶエツ料理。丁寧な骨切りでエツのおいしさが際立つ

食卓に並ぶエツ料理
 

■写真:古谷千佳子(ふるや ちかこ)
東京生まれ。海人(うみんちゅ)に惹かれ20年前に沖縄へ移住。潜水漁業など海の仕事についた後、写真家へ。2007年毎日放送『情熱大陸』で海人写真家として紹介される。2010年より全国に点在する海女の撮影を開始。海辺の暮らし、仕事の中に見える「さまざまな原点」を撮り続ける。