第1回
写真=古谷千佳子
筑後川・矢部川
福岡の豊かな
「海」を訪ねる新企画。
第一回は、
有明海に豊かな
海の恵みをもたらす源、
筑後川と矢部川を訪れ、
川と街と人々が織りなす、
くらしの風景を巡ります。
河口から約16キロメートル。下田大橋と六五郎橋の間で網を流す塚本辰己(つかもと たつみ)・和代(かずよ)さん夫妻
筑後川のシンボルともなっている筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)。旧国鉄佐賀線の鉄橋として1935(昭和10)年に竣工、1987(昭和62)年廃線。現存する可動橋としては世界最古(国指定重要文化財)
薫風が川面をわたる5月、筑後川ではエツ漁が始まります。漁法は、長さ200メートルの網を数百メートルにわたって川に流す「えつ流刺網」。銀色のウロコを持つエツは水を跳ねてきらめき、岸や橋の上からも網をあげる様子がよく分かります。近くで見るエツは、身は薄くナイフのような形ですが、顔つきは愛嬌いっぱい。日本では有明海とそこに注ぐ川にしか生息しない希少な魚です。筑後川では昔ながらの漁を行いつつ、稚魚の放流にも力を注いでいます。
「エツの産卵場所は河口から15から21キロメートルの塩分濃度0.2から1パーセントの汽水域」と話す下筑後川漁業協同組合中間育成センター長の塚本辰己さん。「船の上で卵を取り出しオスの精子をかけて受精させ、すぐに放流することを受精卵放流、受精させた卵をふ化させ漁協の育成センターで飼育後、稚魚を放流することを種苗(しゅびょう)放流と言います」。漁に長(た)けた川漁師も、受精に適した卵の選別や受精の方法、飼育の技法となるとどれも未知の世界。県水産海洋技術センターとともに試行錯誤の末、稚魚の生産量が安定したのは近年のこと。放流数は数十万匹に達し、エツ漁の安定にも貢献しています。
塚本さんは「ここまでのぼってくるから脂が乗っておいしい」と川と海のエツの違いを強調。鮮魚コーナーにパックが並び、飲食店の軒先に「エツ姿寿司」の幟(のぼり)がはためくほど、エツは流域の暮らしに溶け込んでいます。淡白な身質は刺し身はもちろん、煮付け、唐揚げ、南蛮漬けなど、どんな料理にも合います。ただ、小骨が多いため料理に際して骨切りの一手間は欠かせず、小骨をジョリッ、ジョリッと刻む音が台所から響けば、筑後地方の暮らしは一挙に夏を迎えます。
■写真:古谷千佳子(ふるや ちかこ)
東京生まれ。海人(うみんちゅ)に惹かれ20年前に沖縄へ移住。潜水漁業など海の仕事についた後、写真家へ。2007年毎日放送『情熱大陸』で海人写真家として紹介される。2010年より全国に点在する海女の撮影を開始。海辺の暮らし、仕事の中に見える「さまざまな原点」を撮り続ける。
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