久留米市在住の直木賞作家・葉室麟(はむろ りん)さんは、武士の内面を描いた多くの歴史小説でファンを魅了しています。
黒田官兵衛をモチーフにした『風渡る』『風の軍師』も執筆。葉室さんが惹かれる黒田官兵衛の魅力をお聞きしました。
子どもの頃から読書のとりこだった葉室さんが、中学生のときに出会ったのが吉川英治の小説『黒田如水』でした。 「何度も読み返してボロボロになったけれど、今も本棚にありますよ。ここに描かれた官兵衛は、強く猛々しい武士というより、やさしいジェントルマン。だけど、決して柔弱ではなく、強さを内に秘めた人という印象を受けました」
西南学院大学に進学し、授業で聖書などを学んだことで、葉室さんの中の官兵衛像は、さらに深まります。
「日本人は昔から、外から受け入れた文化や知識を内部で咀嚼(そしゃく)して熟成させ、自分なりの教養や知恵として身につけていく特性がありますね。官兵衛にとってのキリスト教もそうだったように思います」
自らの家臣だけでなく、領民も大事にした官兵衛。戦のときには交渉役として敵の城に向かい、「命を粗末にするな、生きられよ」と説得した官兵衛だったからこそ、「汝の敵を愛せよ」と諭(さと)すキリスト教の友愛精神、ヒューマニズムに共感し、自分に即した信仰として精神基盤にしたのではないかと、葉室さんは推察します。
葉室さんが惹かれる官兵衛の魅力はもう一つ、「個人」としての力量がたびたび見えることだとか。
「戦国時代、武士は “家来の多さ”で評価される面があり、その個人としての力量はなかなか表に出てきません。しかし官兵衛は、たとえば32歳のときの※有岡城幽閉の例にしても、単身で敵陣に乗り込み、自分の才覚・知力を尽くして説得にあたるなど、“個”として非常に訴える力がある。そこに興味をそそられますね」
時代小説を通して「歴史上の人物」を描くことが多い葉室さんは、その理由をこう語ります。
「現代ものだと、なかなか自分の思いをストレートに出すのが気恥ずかしい。でも、たとえば江戸時代の人物に仮託(かたく)することで、“人のために尽くす”といったテーマやセリフでも素直に書けるんです」
そんな葉室さんは、官兵衛の生き方が今の時代にも通用すると感じています。 「常に危機の中で苦闘しなければならなかった戦国の世。治世者もたびたび変わり、刻々と変化し続ける時代の中で、“自分たちはどう生きていけばいいか、何を選択するべきか”を絶えず問われていたわけです。どこか今の時代にも似ていませんか?
その中で官兵衛は、情報を緻密に集め、判断し、人とのコミュニケーションや愛情、友情を大切にしながら、自分の能力のすべてを結集して“生き延びる”ことに心血を注いだ。これは、情報過多・弱肉強食といわれ、人間力が試される現代のわれわれにとっても、十分学ぶべきことがあるように思います」
■取材協力:藤香会 出典|福岡県史』、小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)