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グラフふくおか 2014春号 spring 通巻574号平成26年3月20日発行(季刊) 発行 福岡県 県民情報広報課

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黒田官兵衛と、その子孫たち─ 知られざる福岡藩270年

現代人にも共感できる黒田官兵衛の生き方

久留米市在住の直木賞作家・葉室麟(はむろ りん)さんは、武士の内面を描いた多くの歴史小説でファンを魅了しています。
黒田官兵衛をモチーフにした『風渡る』『風の軍師』も執筆。葉室さんが惹かれる黒田官兵衛の魅力をお聞きしました。

外にやさしく内面に強さを秘めた人

 子どもの頃から読書のとりこだった葉室さんが、中学生のときに出会ったのが吉川英治の小説『黒田如水』でした。 「何度も読み返してボロボロになったけれど、今も本棚にありますよ。ここに描かれた官兵衛は、強く猛々しい武士というより、やさしいジェントルマン。だけど、決して柔弱ではなく、強さを内に秘めた人という印象を受けました」

 西南学院大学に進学し、授業で聖書などを学んだことで、葉室さんの中の官兵衛像は、さらに深まります。

 「日本人は昔から、外から受け入れた文化や知識を内部で咀嚼(そしゃく)して熟成させ、自分なりの教養や知恵として身につけていく特性がありますね。官兵衛にとってのキリスト教もそうだったように思います」

 自らの家臣だけでなく、領民も大事にした官兵衛。戦のときには交渉役として敵の城に向かい、「命を粗末にするな、生きられよ」と説得した官兵衛だったからこそ、「汝の敵を愛せよ」と諭(さと)すキリスト教の友愛精神、ヒューマニズムに共感し、自分に即した信仰として精神基盤にしたのではないかと、葉室さんは推察します。

「個人」としての顔が見える官兵衛

 葉室さんが惹かれる官兵衛の魅力はもう一つ、「個人」としての力量がたびたび見えることだとか。

 「戦国時代、武士は “家来の多さ”で評価される面があり、その個人としての力量はなかなか表に出てきません。しかし官兵衛は、たとえば32歳のときの有岡城幽閉の例にしても、単身で敵陣に乗り込み、自分の才覚・知力を尽くして説得にあたるなど、“個”として非常に訴える力がある。そこに興味をそそられますね」

歴史は過去でなく私たちに示唆する教科書

 時代小説を通して「歴史上の人物」を描くことが多い葉室さんは、その理由をこう語ります。

 「現代ものだと、なかなか自分の思いをストレートに出すのが気恥ずかしい。でも、たとえば江戸時代の人物に仮託(かたく)することで、“人のために尽くす”といったテーマやセリフでも素直に書けるんです」

 そんな葉室さんは、官兵衛の生き方が今の時代にも通用すると感じています。 「常に危機の中で苦闘しなければならなかった戦国の世。治世者もたびたび変わり、刻々と変化し続ける時代の中で、“自分たちはどう生きていけばいいか、何を選択するべきか”を絶えず問われていたわけです。どこか今の時代にも似ていませんか?

 その中で官兵衛は、情報を緻密に集め、判断し、人とのコミュニケーションや愛情、友情を大切にしながら、自分の能力のすべてを結集して“生き延びる”ことに心血を注いだ。これは、情報過多・弱肉強食といわれ、人間力が試される現代のわれわれにとっても、十分学ぶべきことがあるように思います」

写真:黒田如水ローマ字印書 福岡市博物館蔵
写真:印字部分を拡大したもの 福岡市博物館蔵印字部分を拡大したもの
「黒田如水ローマ字印書状」慶長8(1603)年以降に書かれた官兵衛の書状。文末、如水の署名の下に、官兵衛の洗礼名「シメオン・ジョスイ」をローマ字で記した印が押されている
福岡市博物館蔵
写真:葉室麟 (はむろ りん)さん葉室麟 (はむろ りん)さん1951年、旧小倉市生まれ。西南学院大学を卒業後、地方紙記者などを経て、2005年「乾山晩愁(けんざんばんしゅう)」で歴史文学賞を受賞し、文壇デビュー。07年「銀漢の賦(ふ)」で松本清張賞、12年「蜩ノ記(ひぐらし)」で直木賞を受賞。官兵衛を主人公にした「風渡る」「風の軍師」の他、著書多数。最新作は、有名武将の妻たちを描いた「山桜記(やまざくらき)」。 写真:葉室さんの作品※有岡城幽閉…天正6(1578)年、主君小寺政職とともに信長に仕えていた官兵衛が、信長に謀反(むほん)を起こして有岡城に立て籠もった荒木村重(あらきむらしげ)の説得交渉に赴いたが、捕われて一年間牢獄に幽閉された事件。

取材協力:藤香会 出典|福岡県史』、小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)