先端技術で持続可能な産業へ
福岡県は、ロボット技術の導入やIT(情報技術)の活用によって、作業の効率化や生産性の向上を図る農林水産業のスマート化を推進しています。持続可能で「稼げる1次産業」を目指し、さまざまな分野で進められている先進事例の現場を歩きました。
省力化で理想の農業を実現
株式会社 百笑屋(ひゃくしょうや)
糸島市
エンジン音を響かせながら広大な農地を一直線に走るトラクター。ここは、糸島市の農業法人「株式会社百笑屋」が管理する畑です。
高性能のカーナビを搭載したトラクターは、GPSの位置情報を基に自動で走行。運転席のタッチパネルを操作すれば、真っすぐ進みながら、土を掘り起こしたり、種をまいたりといった作業を着実に行います。位置の誤差は3センチメートル以下と驚きの正確さです。
代表取締役の松﨑治久(まつざきはるひさ)さんは若手社員が乗る直進アシストトラクターを見守りながら、「熟練度を問わず誰でも広い田畑を耕せ、効率的に作業できます。一度使うと手放せません」と笑顔を見せます。2023年春に初導入し、今では2台が稼働しています。
百笑屋は松﨑さん家族4人と従業員6人の計10人で、麦類50ヘクタール、水稲25ヘクタール、大豆7ヘクタールの大規模経営に取り組んでおり、省力化や省コストは大きなテーマです。そこで、先端技術を活用したスマート農業により、課題解決を図っています。
同社では、直進アシストトラクターのほか、ドローンによる病害虫防除も行っています。ドローンを使うことで、6割ほどの負担軽減となったそうです。
「我が子に食べさせたいものをお客様に!」を掲げる百笑屋は、地域の畜産農家と連携して自社で堆肥(たいひ)を作り、化学肥料の利用低減にも努めています。大規模な麦作経営と多様な取り組みが評価され、2023年度全国麦作共励会表彰の農家の部で、最高賞の「農林水産大臣賞」に輝きました。
松﨑さんは「理想の農業を実現するためにも、省力化や作業の効率化は重要。より良いものを作るためにスマート農業技術がある」と語ります。今後は、気象や生育状況などのデータ蓄積を重ね、生産性のさらなる向上に挑む考えです。
人手不足の解消に挑む!
株式会社 アイナックシステム
久留米市
自動化で広がる可能性
福岡県産のブランドイチゴ「あまおう」を栽培するハウス農場では、ロボットがアームを器用に動かしながら実を摘み取り、トレーに丁寧に収めていきます。
この自動収穫ロボットは、工場の自動化やスマート農業システムの開発などを手がける「株式会社アイナックシステム」の「ロボつみ」です。アームそばに装着したカメラが映し出す実の色づきをAI(人工知能)が確認し、収穫に適したイチゴを判別します。
取締役の髙田樹彦(たかだみきひこ)さんは「農業従事者が減少しており、人手不足への対応や作業環境の改善は喫緊の課題です」と語ります。
代表取締役の稲員重典(いなかずしげのり)さんは、イチゴ農家に生まれ、忙しく働く親の姿を見て育ったそうです。「家族との時間を持てる農業の仕組みをつくりたい」と2008(平成20)年に起業し、その思いをカタチにして2024年に販売を始めたのが「ロボつみ」です。
イチゴはデリケートな果物です。このため「ロボつみ」には、「実に触れないように摘み取る」「実を傷つけないように茎は短く切る」など、品質の高いイチゴを消費者に届けるための技術を搭載しています。
栽培棚の間を自走するロボットは、スマートフォンで簡単に操作できます。1回の充電で約5時間、早朝や深夜でも作業をこなす〝働き者〟です。
また、同社は福岡県農林業総合試験場と協力して「ロボつみ」の性能向上や、ロボットによる収穫に適した栽培環境の研究などを行っています。実の大きさや収穫期を判別する精度の向上、収穫かごの自動交換システムの構築など、さらなる改良を加えていく予定で、髙田さんは「現場の声を重視したモノづくりに取り組み、スマート農業に貢献したい」と話します。
林業でも進むスマート化
福岡県森林組合連合会
福岡市
従事者の高齢化や担い手不足に直面している林業の現場でも、スマート化の取り組みが進みつつあり、導入を後押しする動きも活発化しています。
福岡県森林組合連合会は2024年度に県の委託を受けて、林業用ドローンの研修を実施。最大25キログラムの荷物をつり下げて飛行できるドローンを使って、苗木やシカの食害対策用ネットを運搬しました。勾配のある山林で重い資材を運ぶのは大変な重労働ですが、歩いて1時間ほどかかる距離も、ドローンなら数分で目的地に届けられます。
研修参加者は、作業の負担軽減や効率化につながることを実感。同連合会の諏訪田光弘(すわだみつひろ)さんは「林業でも最新技術を用いたスマート化が進めば、労働環境の改善が可能になる」と期待します。
ドローンは運搬のほかにも、森林の測量などで活用されており、今後、現場へのさらなる導入が期待されます。
海況予測で漁が効率的に
宗像漁業協同組合 鐘崎あまはえ縄船団
宗像市
県内の漁業者にも、ICT(情報通信技術)によって効率化を図る動きが広がってきました。宗像市の宗像漁業協同組合に所属する「鐘崎あまはえ縄船団」は、九州大学などと連携し、水温や潮流といった情報を収集、主にアマダイやマダイの漁に役立てています。
漁業者が漁場で観測機器を海中に投入すると、データが九州大学に送信され、スーパーコンピューターが潮流の向きや速さなどの海況予測を算出します。漁業者らは、その情報をスマートフォンやタブレットで確認し、7日先までの予測を見ながら操業の計画を立てていきます。
全長約20キロメートルの漁具を海底に設置するはえ縄漁では潮の流れが重要です。流れが速すぎると、漁具の回収に時間がかかったり、破損したりします。このため潮の状況によっては、沖合に出た後に漁場を変更するケースもあるそうです。
同船団の権田和徳(ごんだかずのり)さんは漁業歴30年以上。3年前から出漁前に海況予測を確認し、漁具を投入する海域や日時を決めるようにしています。漁にかかる時間や船の燃料を節約でき、権田さんは「予測の精度が高く、効率的に漁ができるので助かっています」と笑顔で話します。
実習を主体に基礎から応用まで学べる筑紫野市の福岡県農業大学校。担い手を養成する2年間の課程の中で、スマート農業は重要なカリキュラムの一つです。ドローンや直進アシストトラクター、ICT機器を備えたハウスなど、農業の現場で普及が進む機械・設備を導入。センサーが感知した温度や日照量などをデータ化して作物にとって最適な栽培環境を探ったり、作業者の映像をリアルタイムで指導者に伝達できるスマートグラスを用いた栽培管理実習に臨んだり、新しい時代の農業を体験しながら学んでいます。
筑紫野市吉木767
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