「アトツギベンチャー」という言葉をご存じでしょうか? 家業を継いだ若手後継者(アトツギ)たちが、代々培われてきた経営資源を土台としながら、5 年後、10 年後の会社を見据えて新たな領域へ挑む中小企業を指し、新たな活路を切り開く存在として注目されています。福岡県は、こうしたアトツギベンチャーを伴走支援する事業「アトツギ・ジャンプ(モノづくり)(※1)」を2021 年にスタートさせました。2024 年までに35 社が参加し、クラウドファンディング(CF)サイト「Makuake(マクアケ)」への出展を目指して新商品開発に取り組みました。家業の伝統と、アトツギたちの斬新なアイデアが融合して生まれた五つの挑戦をご紹介します。
※1)当初事業名「ISSIN(イッシン)CRAFTED(クラフテッド)コース」
久留米市の老舗精肉店「魚久(うおきゅう)精肉総本店」。4代目の中村拓也(なかむらたくや)さんは、「アトツギ・ジャンプ(モノづくり)」で、手作りのウインナーを使った新商品を開発し、CFで好評を得ました。来年の創業100周年に向け、「『新商品の種』はまだまだたくさんありますよ」と笑顔を見せます。
大学卒業後、段ボール製造会社に就職し、家業からは距離を置いていた中村さん。勤め先で総務部門を担当し、会社経営に関する業務に携わるうち、当時約90年続いていた家業への想いが膨らんでいったそうです。
「父親の代で終わらせていいのだろうか」――。一念発起し、会社勤めを続けながら夜間は専門学校に通って調理師資格を取得。2017(平成29)年に実家の精肉店を継ぐと、「目玉になる商品が必要」と設備を導入し、肉本来のうまみがジュワッと染み出すウインナーを挟んだホットドッグ「UOQ DOG(ウオキュードッグ)」を商品化しました。
県の事業を活用して、この味を家庭で手軽に楽しめるようウインナーやソースなどのホットドッグの具材を真空パックにした商品を開発。購入者は好きなパンに挟んだり、パスタに入れたりと自分好みにアレンジできることから、「UOQDOG IROIRO(イロイロ)」と名付けました。
IROIROはCFで、目標金額の6倍に近い購入希望があり、今秋にも一般販売を始める予定。また、今後はハムなどを挟んだ新商品販売も計画しています。
「(県事業で)熱量の高い後継者と知り合えました。アトツギ仲間と一緒に地域を盛り上げていきたい」と、中村さんのまなざしは未来を見据えています。
1928(昭和3)年創業の「時安建具店」は、障子や襖(ふすま)のある住宅が減る中、新しいスタイルの組子細工に取り組み、CFへの挑戦で弾みをつけました。
「気軽に気楽に組子を楽しんでほしい」という思いから「宗像きら組子」と名付け、組子のコースターやアクセサリーを商品化。これにとどまらず、4代目の時安将平(ときやすしょうへい)さんは、さらなる進化を目指しました。
組子のコースターと木製小皿をセットにした「組子マグコースター」。各パーツに磁石を内蔵しており、自由に組み合わせることで、コースターや小皿、花瓶置きと利用者が自由にカスタマイズできる形にしました。
応援購入を募ったCFには、目標額の5倍の申し込みがありました。評判は広がり、アメリカの大手CFサイトにも出品。海外進出を機に、クローバー柄といったこれまでの組子にないデザインを模索するなど、将平さんは前進を続けています。
消費者に向けた情報発信の重要性も、県の事業に参加した中で得られた新たな“気づき” でした。試行錯誤しながら始めたインスタグラムの動画発信は、若い人や外国人の注目を集めています。
組子を作り始めたのは、3代目の父・正成(まさなり)さん。建具店の数が減っていく中、“可能性の種”をまき、家業を継いだ息子の奮闘を見守っています。
飲食店などからの組子装飾の注文に加え、部屋のワンポイントとして組子を選ぶ人も増えてきたといいます。「新しい時代に受け入れられるデザイン力をさらに磨き、地域に愛され、信頼される店であり続けたい」と将平さんは力を込めます。
1898(明治31)年に創業し、国の重要無形文化財「久留米絣(かすり)」の伝統を守り継ぐ「野村織物」で、野村(のむら)さやかさんは商品の企画・広報などに奔走しています。夫で4代目の周太郎(しゅうたろう)さんとともに「20年後を見据えて種をまいていきたい」と奮闘しています。
さやかさんは佐賀県出身。周太郎さんとの結婚を機に11年ほど前に広川町へ。当時は「絣の文字が『餅』に見えていました」と笑いますが、実際に身に着けてみるとその肌触りの良さとともに、代々守られてきた伝統の「重み」を感じたといいます。
「久留米絣の魅力をもっと発信したい」。その思いを胸に、さやかさんはホームページを刷新したり、オンラインショップを開設したり、PRに努めました。SNSも毎日更新し、「伝えることで、自分自身もより深く久留米絣を知ることができました」と振り返ります。
参加した県事業では、日常使いで気軽に着られるスーツタイプの商品「Re:luck(リラック)」を開発。厳しさを増す猛暑を受け今年は、久留米絣の生地を用いた扇子も商品化しました。「新しいことに挑戦する機会が増えました」と笑顔を見せるさやかさんは、将来の海外展開も見据えています。
県事業での交流を通じて、後継者たちのさまざまな悩みも知ったというさやかさん。伝統を継承する周太郎さんのパートナー、そして3児の母として、「子どもたちが跡を継ぎたいと思った時、4代目と子どもの両方の思いが理解できる橋渡し役になりたい」と話します。
魚のすり身をもっと身近な存在に――。福岡市南区の練り物メーカー「博水」の5代目・江越雄大(えごしゆうだい)さんは、かまぼこ、さつま揚げなどの魅力を伝えたいと日々奮闘を続けています。
同社は1903(明治36)年に創業。原料にこだわり、博多近海で獲れた白身魚・エソを仕入れています。「一般的には冷凍の魚肉ブロックが使われますが、うちは鮮魚。風味や食感が違います」と江越さんは胸を張ります。製法も昔ながらで、エソに卵白やでんぷん、魚醤(ぎょしょう)などを加えて石臼で丹念に練り、手間暇かけて、すり身にしていきます。
高たんぱくで低カロリー、魚のうまみが凝縮された練り物ですが、食の多様化などによって消費量は減少しているそうです。そこで、「食卓の彩りを手軽に添える一品を作ろう」と参加した県の事業で、県産のニンジン、カボチャ、ホウレンソウのペーストを練り合わせた「旬菜つみれ」を開発。CFを始めると目標額の5倍の購入希望者が集まりました(再販未定)。
練り物を主食にできないだろうか――。弾みをつけて、考案したのが、かまぼこの材料で作った麺「BOKOMEN!(ボコメン)」です。2024年6月に再びCFに挑戦しました。
麺とスープが一体になった冷凍タイプで、「博多とんこつ」「あごだし柚子胡椒(ゆずこしょう)」「明太子クリーム」の3種類を用意。CFでは目標を上回る申し込みがあり、現在は工場併設の直売所やインターネット通販で取り扱っています。
リピート客も多いそうで、江越さんは「練り物の魅力、魚のおいしさを多くの人に知ってほしい」と願っています。
2012(平成24)年、「増田桐箱店」の3代目に25歳で就いた藤井博文(ふじいひろふみ)さん。高校卒業後、先代の祖父に誘われて入社しました。さまざまな経験を積む中で、桐箱は、中に保管する品物の売れ行きに需要が左右されることを実感。「桐箱が主役」の商品開発を進めようと決意しました。
米びつや野菜保管箱など多くの新商品を手がけ、海外にも販路を拡大しましたが、「勢いや感覚だけでやってきたことは正しかったのか」との疑問が湧き、県の事業に参加。自信を持って臨んだものの、講師たちに示した新商品のアイデアはことごとく否定されたといいます。「自分たちのこだわりと世の中のニーズとの乖離(かいり)を知り、人がモノを買う理由を深く考えるきっかけになりました」と振り返ります。
そこで、大切なものをしまってきた桐箱の歴史とスニーカーブームに着目し、桐製のシューケースを開発しました。
シューケースはCFで目標額の20倍近い購入希望があり、店の人気商品の一つに。現在は杉やヒノキ、未利用材など桐以外にも素材を広げ、家具や玩具、記念品など“箱”にとらわれない新ジャンルの商品も次々に打ち出しています。
2029年、創業100年を迎える桐箱店。藤井さんは、「昔ながらの日本の商品を手に取ってもらえる工夫を追求したい」と意欲を燃やしています。
受け継いできた「桐箱一筋」を転換し、「四角いモノなら日本一」を目指して新しい時代への挑戦は続きます。
例年5~7月に公募を行い、10社程度を採択。採択されたアトツギは開発した新商品をCFサイト「Makuake」に出展することをゴールに定め、およそ7カ月間にわたり以下のプログラムに臨みます。
https://atotsugi-crafted.com/
全6回のワークショップでは、ブランド力を高めるコツ、SNSを活用した効果的な情報発信といった課題に向き合い、短期集中型で学びを深めます。
専任担当者が月1回程度、新商品のコンセプトやアイデアに関する相談、外部専門家とのマッチングなどに応じます。
百貨店のバイヤーなどから新商品に対する客観的なアドバイスを受けられます。
CFサイト「Makuake」や百貨店でのポップアップストア「アトツギストア」にプログラムを通して磨き上げた新商品を出展し、認知度向上、資金調達を目指します。
今回紹介した「アトツギ・ジャンプ(モノづくり)」だけでなく、県では、2024年からアトツギ・サッシン伴走支援プログラムを始動させ、対象別、段階別のプログラムを用意しています。
家業の若手後継者が新規事業に挑戦する中小企業を「アトツギベンチャー」、第二創業など新分野に挑戦する中小企業を「サッシンベンチャー」と名付け、対象別に新しいチャレンジを伴走支援するプログラムです。
段階別に「ベース」と「ジャンプ」を用意しており、「ベース」は、中小企業を成長・発展させるための土台(ベース)作りとして、事業アイデアの具体化を支援します。「ジャンプ」は、土台(ベース)から次のステージへ飛躍できるよう、新商品や新サービスの開発を支援します。
「アトツギ・サッシンベンチャー テイクオフパーティー」が8月1日、福岡市中央区のワン・フクオカ・ビルディングで開かれました。約150名が参加し、今年度の採択者がこれから始まる挑戦へ決意を新たにしました。