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天皇皇后両陛下行幸啓に係る宮内庁との共同会見 平成29年10月27日(金曜日)

更新日:2017年10月27日更新 印刷

天皇皇后両陛下行幸啓に係る宮内庁との共同会見 平成29年10月27日(金曜日)

この会見録は発言をそのままではなく、文章とする際読みやすいように整理したものです。

この知事記者会見録の模様は、  ふくおかインターネットテレビ  動画配信しています。

(県民情報広報課長)初めに、行幸主務官直江宮内庁総務課長から、本日の行幸啓の日程全般及び明日の予定について説明をお願いします。

(行幸主務官) 最初に、本日は福岡県、大分県、佐賀県の3県において、とても多くの方々に奉迎いただきました。また、長距離の移動となりましたが、同行記者会をはじめ多くの方々の協力をいただき、円滑に本日の予定を終えることができたことを、感謝申し上げたいと思います。

 本日の行程ですが、本日は、皇居を出られてから東京国際空港に行かれ、そちらから特別機に乗られて、福岡空港に到着いたしました。福岡空港から車で朝倉市役所の杷木支所に参りまして、そちらで、福岡県知事から被災状況等をご聴取、そして、被災者の方々へのお見舞い、そして、災害対応尽力者へのおねぎらいをなさいました。それから車で移動され、大分県の日田市役所に行かれました。日田市役所におきましては、大分県知事から被災状況等をご聴取なさり、それから、被災者のお見舞いをなさいました。また、災害対応尽力者へのおねぎらいをなさいました。それから車で移動いたしまして、JR九州の新鳥栖駅から新幹線に乗りましてJR西日本の小倉駅へと、そして先ほど、車でお泊まり所のリーガロイヤルホテルに入られたという日程でした。

 明日については予定どおり、ホテルで福岡県知事からの県勢概要ご聴取があります。そして、午後に安川電気みらい館のご視察、そして、夕刻は第37回全国豊かな海づくり大会絵画・習字優秀作品展御覧と、歓迎レセプションのご臨席という予定になっています。

(県民情報広報課長)続いて、福岡県小川知事から、本日の行幸啓の概要と感想等について説明をお願いします。

(知事)今回、天皇皇后両陛下におかれましては、第37回全国豊かな海づくり大会へのご臨席とあわせ、地方の事情ご視察のためにご来県を賜り、まことに光栄に存じております。また、両陛下の強いご希望により、当初の予定を1日早めてご来県いただき、本日、平成29年7月の北部豪雨の被災地朝倉をお見舞いいただきましたことに、県民を代表して謹んで感謝を申し上げます。

 両陛下の福岡県への行幸啓ですが、平成19年に福岡県西方沖地震の被災者をご訪問いただいて以来、10年ぶりのことで、私を含め多くの県民がそのご訪問を心待ちにしていました。とりわけ、この7月に「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界文化遺産に登録されました。その年にここ福岡県に両陛下をお迎えできますことは、この上ない喜びでして、心から歓迎を申し上げます。

 本日は、両陛下は、福岡空港からお入りになられた後、早速、今回の豪雨で大きな被害を受けた朝倉市をご訪問いただきました。まず私の方から、陛下に賜りましたお心のこもったお見舞いの言葉とお見舞金に対して改めてお礼を申し上げるとともに、被災状況と復旧・復興の状況について説明をいたしました。両陛下におかれましては、大変熱心にご聴取をいただいたところです。

 私の方から、今回の災害の特徴として、特定の地域に短時間、わずか9時間に774ミリという、これまで経験したことのない記録的な豪雨が集中したことを申し上げました。12時間で707ミリが、気象庁におけるそれまでの最大雨量の記録でした。両陛下におかれましては、過去に例を見ない災害であるという思いを深くされたと感じました。

 その後、被災者の方一人一人、また、災害対応尽力者にじっくり時間をかけて、お心のこもったお見舞いと励ましの言葉をおかけいただきました。皆さん、生活再建に向けた大きな励みになったことと思います。両陛下の、被災者と被災地に対するお気遣い、ご慈愛にあふれた優しいお姿が、とても印象的でした。天皇皇后両陛下からは、それぞれ、被災した地域に高齢者が多いこと、また、農業への影響、そして、それぞれの健康を気遣うお言葉を随所で賜りました。

 両陛下のこうしたお言葉をいただいた被災者の一人からは、「自分は、残してもらった命を大切にしてこれからも頑張りたい」という決意あふれる発言もありました。県としては、被災地の皆さんの気持ちが萎えないように、そして一日も早くもとの平穏な生活と仕事に戻れるよう、一人一人の生活再建にしっかり取り組んでいく、その決意を新たにしました。

 また、被災者の一人からは、今回被災した奥様が、合唱団で皇后陛下が作曲をされた朝倉ゆかりの「おもひ子」を取り入れた「あさくら讃歌」を歌っていたこと、そして2001年東京公演をした際、両陛下にその歌を聞いていただいたことを被災者の方が話しまして、両陛下は、その当時を思い出され、強くうなずきながら聞き入っておられたのが印象的でした。両陛下がその地をお発ちになる前に、見送りに来た方々の中から、その話題になった「おもひ子」の合唱の声が聞こえてきました。しみじみと心に響く歌でした。

 また、沿道の各地では、大変大勢の県民の皆さんに旗や手を振って歓迎をしてもらいました。朝倉市の杷木の支所では、松末の保育所の園児の皆さんが、「陛下、ありがとうございます」とひときわ大きな、また元気のよい声を上げて、天皇陛下がそれににこやかにお応えになっているお姿もまた印象的でした。県警本部によると、今日は1万4,000人を超える方々の奉迎があったとのことです。福岡県民の皆さんがこの日を心待ちにしていたことを改めて実感したところです。

 この行幸啓を通じて、両陛下には、本県に対するご理解を一層深めていただきますとともに、今回のご訪問が思い出深いものとなることを願っているところです。福岡県としても、一日も早い被災地の復旧、復興をなし遂げる決意をしました。

(県民情報広報課長)宮内庁の河南侍従から、両陛下のご様子及びご感想等について説明をお願いします。

(侍従)お供で参っております、侍従の河南でございます。

 今日は特に私からは話しすることはありませんが、皆さん、特に被災者のお見舞いをされているところ、あるいは尽力者へのおねぎらいされているところをずっとご覧になっていたと思いますが、まさにそれが今日のお姿かと思います。

 

 質疑応答

(記者)朝倉のお見舞いが終わった後に、先ほど知事からご紹介があった歌を歌っていた方々がいたのですが、あの方々はどなたでしょうか。合唱団の方ですか。

(知事)地元で合唱団に属されている方だと思います。

(記者)園児の声が聞こえたのですが、この園児は幼稚園の方ですか、保育園の方ですか。

(知事)今回、大きく被災した地域の一つが松末地区ですが、その松末にある松末保育所の園児の皆さんが声かけをしたということです。

(記者)福岡県民の奉迎が1万4,000人ということです。大分県と佐賀県でも多くの奉迎がありましたが、この人数はわかりますか。

(県民情報広報課長)今、福岡県に入っている数字は、福岡県の警察本部だけから提供されていますので、大分県、佐賀県、それぞれの県警に確認をして、明日間に合えば、あわせて提供します。

 

(記者)福岡空港から朝倉へ向かわれるときに何カ所か減速したところがあったと思うのですが、そこでご覧になったときのご様子だったり、さらに感想みたいなものがあれば教えてください。

(侍従)今日、福岡空港から朝倉市役所の杷木支所に向かう途中で、まさに今お話しされたとおり、高速道路の上で2カ所ほど減速しまして、まだ被災の爪跡が残る箇所を、両陛下に車中からご覧いただきました。特にそのことだけについてのご感想というのは私は聞いていませんが、そこを実際にご覧になった上で、その直後にまた知事から被災の概況についてのお話をお聞きになられましたので、より具体的なイメージを持ってお聞きになることができたのではないかと思います。

 

(記者)今日、福岡空港に着いてから陸路で、車と新幹線を合わせて移動距離が200キロを超えるかと思うのですが、そうした中、1日、目まぐるしいスケージュールの中で、両陛下のご体調やお疲れのご様子はいかがでしょうか。

(侍従)私どもとしてもかなり心配を持ちながらの1日目でしたが、ホテルにお着きになったときにはいつもと変わらないお姿のように、私は拝見したところでございます。

 

(記者)先ほど少し質問が出ましたが、朝倉での歌は、どういったゆかりのある歌なのか、そのあたりがもう少し詳しくわかれば教えてください。

(知事)詳しくは後から資料をお届けしたいと思いますが、朝倉在住の方が作詞をされた「おもひ子」という歌に、作曲をされたのが皇后陛下でいらっしゃいます。それを含んだ組曲のようになっている「あさくら讃歌」という歌がありまして、その歌を東京公演で、被災された方、犠牲者のお一人が合唱団に入って歌われたというお話です。

(記者)ここで歌われたのは、その組曲の中の1曲ですか。

(知事)皇后陛下が作曲された歌を、両陛下がお発ちになるところで合唱団の方が歌われたのだと思います。

(記者)細かいですけれども、何曲かあって、そのうちの1曲を皇后様が作曲されたのですか。

(知事)パーツが八つぐらいの組曲だったと思いますが、その中の一つだったと思います。

(県民情報広報課長)後ほど資料を提供します。

 

(記者)先ほど、朝倉市役所に向かう途中の被災の爪跡が残るところを陛下に車中からご覧いただいたということでしたが、そのときのご様子、例えば、身を乗り出してご覧になっていたとか、黙礼なさったとか、もう少し具体的に教えてください。

(侍従)特に何も伺っていません。

(記者)ほかの場面でも黙礼なさったようなところは特になかったですか。

(侍従)今回は、例えば、崖崩れが起きたところですとか、そういうところにご訪問いただく時間的な余裕がなかったので、被災者の方とお話をいただきましたが、そういう場面で黙礼云々というのはちょっとなじまないのかなと、今までのなさりようからすると思います。

 

(記者)先ほどちょっとお話があったのですが、高齢者や農業のことを気にかけておられたということですが、実際に被害状況を説明したときに具体的にどういう質問が出たのか教えてください。

(知事)今回、被災した朝倉地域──朝倉市、東峰村は、福岡県の中でも高齢化率の高いところで、その地形は中山間部に当たります。そういう意味で、農業や林業、果樹園などを営まれている人が多いのですが、高齢者の方々が今回被災されたことによって、将来に対して希望等を失われるのではないかというご心配をされていて、もとのお仕事に早く戻れないかというご質問がありました。福岡県は、事業継続の意欲が萎えないようにすることを最大の眼目として、今、一生懸命お一人お一人の事業の再建、生活の再建を急いでいるというご説明をさせていただきました。

(記者)両陛下は早い時期から被災地の訪問を望まれていたと伺っていますが、この時期に訪問になったことについて、何か言及などがありましたら教えてください。

(知事)両陛下からそういうお言葉はありませんでした。

 

(記者)今日の朝倉と日田でのお見舞いは、両方とも被災者の中から5人程度の代表者を選んで、テーブルを囲んで座談形式で行われました。この形は、おそらく去年の3月に福島県の原発事故で全村避難した葛尾村の被災者の方々をお見舞いされたときから始まったのではないかと思います。それ以前は、被災地に行くと、もう少し数多くの被災者の方々が列立して、そこに両陛下がお声かけしていく形だったように思うのですが、この座談の形式は、両陛下が望まれて、こういう形で定着しているのか、もしくは腰をかけてお話をするので負担軽減にもなるということで、宮内庁からの要請でこういう形になっているのでしょうか。

(行幸主務官)色々なことを考慮して、総合的に考えてお見舞いのお気持ちが伝わる形、まさに寄り添っていただくということで、じっくりと話していただくという趣旨で、着席形式をとらせていただいております。

(記者)これはどちらの発案なのですか。両陛下ですか、宮内庁ですか。

(行幸主務官)発案というよりも……。具体的にどちらかが起案したわけではありません。

(記者)去年からこういう形が始まったのはどちらの発案ですか。

(行幸主務官)去年から私はそれを引き継いでやっていますので。

(記者)何でテーブル形式になったのかなと思って。要するに、立ちながらのお声かけが両陛下の負担になりつつあるので座ってという形に変わったのかなと思ったのです。

(行幸主務官)そういうことも当然、一つの要素だと思います。

 

(記者)「あさくら賛歌」、「おもひ子」について補足で質問します。作詞の宮崎湖処子さんが、現在の朝倉市のご出身だということで、「あさくら賛歌」の中にもこの「おもひ子」が入っているという話でしたが、先ほど、あの場所で歌われていたのは、「あさくら賛歌」の中の「おもひ子」の部分だけだったのでしょうか。

(知事)はい。

(記者)ありがとうございます。

(知事)組曲ですので、もう少し長い歌だと思います。

 

(終了)

 

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