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■筑豊緑地公園テニスコートや屋内外プールなどで思いっきりスポーツを楽しめます。 芝生広場で1日のんびり過ごすのもオススメです |
平成18年3月、1市4町が合併して誕生した飯塚市は、県内第4の人口規模を誇るまちとなりました。 かつて日本経済をけん引した石炭産業の名残は、今、筑豊を代表する観光スポットへと生まれ変わっています。 また、産学官が連携し情報産業の集積を進めながら、自動車関連産業の誘致にも力を注いでいます。 豊かな自然とそれぞれの地域の個性を生かしながら時代とともに、飯塚市は、また新たな魅力を発信しています。 |
![]() ■嘉穂劇場 往年の芝居小屋の趣をいまに残す |
![]() ■大分八幡宮 神亀3(726)年に創建されたといわれる |
![]() ■巻き上げ機台座 炭鉱全盛期を偲(しの)ばせる |
●問い合わせ |
![]() ■旧松喜醤油屋 明治6(1873)年、筑前竹槍一揆の際の傷跡が残った大黒柱がある |
![]() ■内野宿 江戸時代、長崎街道の「筑前六宿」のひとつに数えられた |
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「飯塚」の名は、車いすテニス関係者のなかで世界的に知られています。ここで車いすテニスの練習風景が見られるようになったのは、25年前。日本初の総合せき損センターがある飯塚を拠点に、脊椎(せきつい)に損傷を負った人たちのリハビリの一環として車いすテニスが導入されたことにはじまります。
その2年後には、「飯塚国際車いすテニス大会」が開かれ、以来、毎年、世界大会を開催し、いまでは世界4大大会のひとつに数えられるまでになっています。 この大会の運営を担い、車いすテニスの振興に努めているのが、NPO法人九州車いすテニス協会の皆さん。今年5月に行われた国際大会でも、裏方として大会を盛り上げました。 「試合は緊張感にあふれ、見る人を興奮させます。車いすテニスを特別の競技としてではなく、ひとつのスポーツとして多くの人に楽しんでもらえるよう、さらに普及活動を進めていきたいですね」と話すのは、森國次(くにつぐ)事務局長。その引き締まった表情とときおり見える笑顔から、大会にかける熱い思いが伝わってきました。 |
事務局長としてスタッフをまとめる森さん |
![]() 大会の運営や車いすテニスの振興に努める協会の皆さん |
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![]() 国際大会には世界のトッププレーヤーが集まる |
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![]() いつもエネルギッシュなボランティアガイドの皆さん |
筑豊の炭鉱経営者として、一代で巨万の富を築いた伊藤伝右衛門。その本邸として明治30年代に建造されたのが、「旧伊藤伝右衛門邸」です。池を配した広大な回遊式庭園をもつ邸宅は、伝右衛門の妻として10年間を過ごした「歌人 柳原白蓮(びゃくれん)」ゆかりの場所でもあります。見事な和洋折衷の様式で建てられた邸宅は、公開開始から1年経ったいまでも、多くの観光客を魅了しています。 ここで観光案内をしているのが、53名のボランティアガイドの皆さん。伝右衛門の人柄にほれこんでいるせいか、案内にも自ずと熱がこもります。そんなガイドさんの『語り』を聞きたくて、この場所へ通うというリピーターもいるようです。 「私たちが伝えたいのは、ここで波乱の人生を生きた伝右衛門と白蓮の人間ドラマ。飯塚が生んだ伝右衛門という人間を誇りに思うからこそ、その魅力を皆さんに伝えたい」と語るのは、代表の長谷川懿津子(いつこ)さん。今後は邸宅を拠点に観光ルートを広げ、飯塚の魅力をもっと多くの人に発信したいと抱負を話してくれました。 |
邸宅には和洋の建築美が随所に施され、見応えも十分 |
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循環型社会の実現を目指して立ち上げられた「NPO法人こすみんず」。平成17年に始まった活動は、市民や民間団体、企業、大学などから幅広く人材が集まり、地域と一体となった取り組みに発展しています。
平成18年には、飯塚市リサイクルプラザ工房棟(愛称「エコ工房」)の指定管理者となり、そこで古布リサイクル教室をはじめとする市民向けの環境教室を開講。市と協働し、エコの視点を通してさまざまな環境活動を提案しています。 廃油を原料とするリサイクル石けんの製造・販売も活動のひとつ。平成19年度は、プロ・アマ野球で折れたバットの木屑(きくず)を利用して再生和紙づくりにも取り組みました。 「環境をよりよくするには、断片的な取り組みではなく、暮らしや人間の営みをひとつのサイクルとしてとらえていく必要があると思います」と語るのは理事長の白井義人(よしひと)さん。 身近なエコ活動を通して飯塚を活気あふれるまちにしていきたいと願う「こすみんず」。ここから生まれたさまざまなアイデアが、市民の環境への意識を着実に高めています。
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![]() 会場の「内野宿友遊館長崎屋」は、かつての宿屋の面影を残している |
旧筑穂町の内野宿といえば、江戸時代の長崎街道・筑前六宿のひとつ。いまも当時の面影を残すこの場所で、「ちくほの春を食べるバイキング」を主催したのが筑穂新産品研究会です。現在のメンバーは6人。平成16年から「地産地消」と「まちの活性化」をテーマに活動しています。 旧筑穂町は、筑穂牛をはじめ米や野菜など多くの食材に恵まれています。また、かつて宿場としてにぎわったこともあってか、いまもさまざまな生活の知恵が残っているといいます。これに注目し、研究しながら、まちの活性化につなげていくのが筑穂新産品研究会の目的。たとえば、あのシーボルトが食べたという「おこわ」の文献が残っており、それをひもときながら当時の味を再現する、といった興味深い取り組みも進められています。 「地元で採れたものを、地元の知恵を使っていろいろな料理にして食べてみる。地元以外の人たちにも食べてもらう。こんな活動を通して、筑穂の魅力を発信していきたいと思います」と、代表の田中仁(ひとし)さん。その活動の成果は、バイキングに集まった多くの人たちの笑顔が物語っていました。 |
![]() こうしたイベントが新しい交流を生みだしている |
![]() シーボルトの白おこわ |
| 活動の意気ごみを語る田中さん |
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