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平成27年度奨学生レポート

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年2月28日更新

2015年秋

黒尾 春香

カナダ トロント大学

 トロントにきて3ヶ月以上経ちました。私は海外に住んでいた経験があるので、トロントでの生活はそんなに大変ではないだろうと思っていたのですが、海外で一人暮らしをするというのはまた別のことでした。

 トロント大学に来て一週間経って、最初に参加した行事は大学のオリエンテーションでした。私はそんなにパーティーに行くタイプでもないし、きっと人と上手く会話もできないだろうと思っていたので少人数制の二日だけのオリエンテーションに参加しました。(オリエンテーションは大きく二タイプあって、自分の好きな方を選べました)参加していた人のほとんどがカナダ人で、海外留学生がいても大抵は高校からカナダに留学している人でした。最初は共通の話題がほとんど無かったので会話のきっかけを掴むのが難しく、また、誰かに話しかけて会話が上手くいかなくて馬鹿だと思われたらどうしようと心配していました。けれど「実際わからないことが多いし、そんな心配してもしょうがない」と思って目が合った人には思い切って話しかけにいきました。結果恥ずかしい思いをしたり、笑われたりもしましたが、今一番仲良くしている友人はそのオリエンテーションで話しかけた子の一人です。

黒尾さんの写真

この写真はオリエンテーションのときに撮った写真です。

勉強と同じくらい人脈づくりも大切だと大学にきて思いました。

オリエンテーションが終わり、本格的に講義がはじまってからは毎日がめまぐるしく過ぎていきました。毎日分からないことにぶつかり、課題をこなしても次々に増えてたまっていき、準備もおわってないのに考査がはじまり。こんな毎日を送っていくなかで、私はどんなに苦しくても努力をし続けなければいけないことと、その苦しい状況こそ楽しめたら勝ちなのだということを実感しました。海外の大学にいるのだから母国語が英語じゃない私にとっていろいろ難しく、人よりも頑張らなければいけないのはあたりまえ。だからこそ楽しむ。これに気付いてからは毎日が以前よりも充実している気がします。

2学期に入って少しずつまた忙しくなってきましたが、この気付きを大切にしつつ、日々精進したいです。

2016年春

黒尾 春香

カナダ トロント大学

後期は前期と比べて心に余裕ができたので、勉強もそれ以外の事も十分楽しめました。また友人も増えたので、前期とは違う生活がおくれました。

勉強面では人に頼るということを学び、友人らと“お互いを高め合う”ということに私も参加できたと思います。私もトロント大学で人に何かしら影響を与えていると実感したときは安堵と嬉しい気持ちでいっぱいでした。

前期と比べて後期は積極的に学校行事に参加し、友人と出かけたりしました。一年生行事で最も大きいFire Ballという大学主催のパーティーに仲の良い友人と出席したり、ボランティア活動に参加したり、学生会議に出席したり、トロント大学主催のTEDx というものに参加したりもしました。前期は勉強を言い訳にそれ以外何もしていなかったのですが、どんなに勉強が難しかったり時間がなかったりしても、有意義な大学生活を送るには四六時中机に向かっているだけではだめなのだなと痛感しました。

黒尾さんの写真

写真はFire Ballで仲の良い友人と撮ったものです。

後期で私がもっとも感じたのは、自分は何が好きで、何をしていきたいのかをしっかり知っておくことが大切だということでした。私はトロント大学に入学する前は生物学が好きだ、それを学びたいと思っていました。しかし、いざ大学で講義を受けると自分が学びたいと思っていたことと違い、また勉強するのが苦になり、思う様に楽しむことができませんでした。かわりに、今までずっと苦手だと思っていた数学を楽しむことができ、たった一問に一日かけて取り組むのが苦ではありませんでした。これを知ってから私の勉強の仕方が大きく変わりました。好きなものが分かったら、それをとことんやっていく。2年生になってもとにかく何にでも取り組み、自分が好きだと感じた事はきわめていこうと思います。

 

2016秋

黒尾 春香

カナダ トロント大学

 今期は勉強の合間に少し一人で外に出たり、友達とジムにいったりと、勉強を主軸にして過ごしていました。勉強時間は受験生の頃よりも長かったと思います。「朝起きる→朝ご飯を食べる→勉強する→講義に行く→(合間に勉強する)→帰宅して昼食兼夕食を食べる→シャワー→勉強する→就寝」というサイクルを毎日繰り返していました。

 そして去年に引き続き自分は何が好きなのか、何に興味があるのかを探るのと同時に、将来何がしたいのかも具体的に考えようと努めました。まだ答えは出ていませんが、今期は企業説明会などにも参加したので、去年よりも具体的にイメージするための材料が増えたと思います。また、企業説明会では会社に勤めるということを具体的にイメージするようになっただけでなく、同じ大学の先輩方の話を聞いたりして新しいコネクションが増えたので、多くの刺激を受けました。

 勉強面ではあまり新しい発見はありませんでしたが、数学漬けの毎日を経験して、数学が好きだという気持ちに自信がつきました。そして数学の中でも数論という分野に特に興味があることが分かりました。数論は、簡単にいうと素数などの数で遊ぶ分野です。数論を専門に勉強して将来一体どんな職につけるのかと聞かれたらあまり選択肢はないかもしれませんが、大学では自分の好きな学問を究めたいと思っているので、将来お金を稼ぐこと直接つながらなくても数論の勉強がしたいなと思っています。それでもやっぱり大学を卒業したら就職して(今のところ院に行く気持ちはありません)お金を稼ぐということは大切なので、そのために統計学は落とさないようにしっかりとやっていこうと思います。

 勉強以外では、先にもかいたように、友人と週一でジムに行ったりしました。大学生活を楽しむ/メリハリをつけるために、週に一回は何か勉強以外の活動をしようと決めていたのが大きな理由です。そしてそのジム友達と一緒に期末試験期間が始まる前に去年行きそびれたクリスマスマーケットに行きました。

クリスマスツリーを背景に友人の女性2人と撮影

この写真はクリスマスマーケットで友人と撮影したものです。

 そこではそれまでもなんとなく感じていましたが、日本のクリスマスはあまりにも中身がないなと感じました。加えて、日本はもっと日本の、日本らしい文化を大切にしたらいいのにと思いました。海外にいるとやはりその国の人たちが、その独特の文化を重んじて大切にしている様子がよく伝わります。人はそういう独特な雰囲気に惹かれて、“海外”に対する強い関心や憧れが生まれるのではないかと思います。

 しかし海外(私の場合カナダ)にいると、日本人は日本独特のいい文化をないがしろにし過ぎではないかと感じてしまいます。例えば、“空気を読む”ということ。これは結構日本独特の文化のような気がします(阿吽の呼吸など)。最近では“自分の意見をはっきりと言わない、主張をしない”など、ネガティブなイメージがあるため、欧米の“率直に(blunt)意見を言う”ことのほうが良いとされている気がしますが、もともと“空気を読む”ということはポジティブなことでもネガティブなことでもないと思います。もちろんなんでもいきすぎたらネガティブになるもので、良いバランスを保った“空気を読む”というものは、人の気持ちに寄り添う、相手の立場に立つ、調和のとれた雰囲気を維持するということに有効的なものだと思います。

 また、物質的なものでいったら日本家屋。最近では洋風の建築物ばかり目に入りますが、日本人が日本家屋を立てなかったら誰も建てないと思います。つまりゆくゆくは日本の伝統的な日本家屋は絶滅すると思います。もちろん、日本人なんだから日本家屋を建てなきゃといっているわけではなく、日本には海外の方からも絶賛されるような建築方法があるのだから、それにもう少し目を向けてもいいのではないかと思うんです。特に私は移民大国のカナダにいるので余計に感じるのですが、このグローバル化が進む世界で、自分の国、文化を持っているということはとても恵まれていることで、nationalityは地球上のどこかで生まれたら無条件でついてくるものにもかかわらず、人のアイデンティー確立にも一役買っているものだと思うので、そこをもっと日本の人は感じられたらいいのになと思う今日この頃です。

2016年冬

黒尾 春香

カナダ トロント大学

 今期は講義の内容が難しくなったこともあり、前期ほど友人たちと外出する時間をつくれませんでしたが、自炊に力を入れたり、勉強の合間に散歩したり、企業説明会に参加することが多かったです。

 企業説明会は先輩方に感化されてそれまでより頻繁に行くようになりました。自分のしている勉強が実際将来の仕事にどのようにつながっていくのかがより具体的にみえた気がします。最近は日本の所得格差による教育格差について興味があるので、自分のしていることを活かしつつ、その分野で働けるようなものを見つけるのが今後の課題です。

 先の文章でも書きましたが、最近所得格差によって生じる教育格差について興味があります。というのも、この1年は以前にも増して、自分はいろんな人たちのおかげで留学させてもらっているんだと実感するのが多かったのと、カナダにいる間に日本の教育格差に関する記事を目にすることが多かったからです。具体例としては、シングルマザーの家庭で、少しでも生活費の足しにするために学生がバイトをし、その疲れが日中きて授業中寝てしまう。だから大学進学がしたくても、経済的な理由に始まり、最後は学力的な問題でできないというのがあります。

 バイトをするのが悪い、勉強をしないから自己責任だと言う人がいますが、私はそう言って切り離すのには少し違和感を覚えます。こういう学生たちの中には、自分で好きなように使えるお金がほしいからという理由だけではなく、昼も夜も自分たちのために一生懸命働いている親の背中を見て、自分も少しでいいから助けになりたい、親に少しでいいから休んでもらいたいと思って頑張っている子もいるからです。学習時間の犠牲は欲ではなく、優しさからきているのです。こういう学生たちが結局学力を伸ばすことができず、大学に進学せずに就職をし、余裕のない生活をするのかもしれない、そしてその子供たちも同じ道をたどるのかもしれないと思うと、私には自己責任で切り離すことが難しいです。

 かわって、海外大学に進学をした学生たちの中には、どうして海外大に進学したのかと尋ねると、「(海外大学に)これたからきた」と答える人たちがいます。自分の夢ややりたいことを諦めなければいけない学生たちがいる中で、自分たちがどれだけ恵まれているのかも全く感じていない人たちがいることに、とても違和感があるのです。

 こういう気持ちを踏まえて、私はこの夏留学フェローシップという団体とベネッセでインターンをすることにしました。その中でたくさんの学生さんたちと関わることがあると思いますが、みんなには将来についてもっと悩むように薦めたいと思っています。夏休みにちょっと悩んだだけで自分のことや将来の夢がみえるとは思いませんが、自分が悩める立場にいられる幸せ、悩むという贅沢を実感してほしいなと思います。

2017年秋

黒尾 春香

カナダ トロント大学

 

留学生活も3年目になり、勉強とそれ以外のバランスを上手くとれるようになったと感じます。

今期は専門的に学びたいと思っている、数論の講義をとることができました。数論とは簡単にいうと、整数を使って様々な定理を生み出し、証明する学問で、銀行などの重要な情報の暗号化などに使われます。数論で有名な未証明の予想のひとつに、ゴールドバッハの予想というものがあります。「全ての 2 よりも大きな偶数は二つの素数の和として表すことができる」というものです。こういう問題についてひたすら悩んでいます。数論に興味があるから勉強が簡単だというとは全然なく、むしろあまり好きでない科目のほうがよくできたりしましたが、やはりほかのどの講義よりも楽しんでいたと思います。数学と統計学専攻なので文系の講義はほとんどとれないのですが、今期唯一とった倫理学はとても興味深かったです。何をもって善なのか、どこからが悪なのか、そしてそれらをどう基準にして社会に用いるのか。現在世界中にある差別問題や法制度について考えさせられました。

学習面以外については、今年は去年よりも友人たちと一緒に時間を過ごすことができ、それらの楽しかった時間が、さらに頑張る原動力になったと思います。現在は大学の寮を出て学生アパートのようなところに住んでいるのですが、そこで一つのスイートをシェアしている他5人と一緒にThanksgiving Dinnerやbaking を一緒にしました。私の住んでいるスイートはカナダに学びに来ている留学生が多く、ドイツやスイス、シンガポールから来ている人もいます。自分とバックグランドの全く違う人たちとご飯を一緒に作りながら、自分の来た国にある問題について様々な立場から議論した時間は新たな発見が多く、充実していました。残りの海外大学生活1年とちょっと、こういう時間を大切にしていきたいと思います。11月にはボストンで開催されたキャリアフォーラムに参加しました。世界中から大学生が集まり、インターンシップ先や就職先を探せる大きなイベントで、自分が将来何をしたいのかを考えるきっかけになったと同時に、たくさんの意識の高い海外大学留学生と知り合うことができ、とてもいい刺激になったと感じます。

2017年冬

黒尾 春香

カナダ トロント大学

 

後期は勉強を頑張りつつ、友人と過ごす時間を増やしたりいろんなイベントに顔を出したりしました。イベントは、企業説明会や音楽バンドのライブ、友人のダンスの発表会などに行き、特に友人たちとご飯を作る機会をたくさんつくりました。写真は同じアパートに住んでいる友人たちが、私の誕生祝いに一緒にケーキを作ってくれたときのものです。

 

後期で一番印象に残ったのは、日本における資本主義の歴史の講義です。履修状況レポートでも少し触れましたが、高校で学んだ日本史とは見方が随分違い、講義に行くたびに新しい考えに触れることができました。まずマルクスの資本論を読み、レーニンの帝国主義論とそれを比較し、資本主義と社会主義の仕組みについて学んだ後、日本においてそれらの考え方がどう影響したか、戦前、戦時中、戦後ではどのような役割を果たしていたかを分析しました。どの読みものの課題も重く、理解するのに非常に時間がかかりましたが、似たような文献を日本語で読んで比較したりし、勉強の仕方を工夫しながら理解を深めました。また、資本主義の視点から、「(人種)差別」がどのように生まれるのか、どうして生まれるのか、その仕組みを考察しました。いまだに世界中で問題の「差別」という問題を、経済的な視点から考察するのはとても新鮮で、なるほどと思える点も多くありました。来年もこのように新たな発見があるような講義を受講したいです。

同じアパートに住んでいる友人たちが、私の誕生祝いに一緒にケーキを作ってくれた写真

写真:同じアパートに住んでいる友人たちが、私の誕生祝いに一緒にケーキを作ってくれました

2018年秋

黒尾 春香

カナダ トロント大学

大学生活も最終段階に入り、過去3年を振り返ることの多い前期でした。

この3年ちょっとでの一番の学びは何だろうと考えたとき、一番最初に頭に浮かんだのが、コミュニケーションをとるのと理解し合うということは全くの別物だということです。文字に起こしてしまえば「まあそうでしょう」と思えることだと思いますが、日常生活の中では忘れがちなことではないかと思います。

このことをよく思うのは、大学で一番親しい友人と会話をしているときです。

留学中、一番長く時間を過ごした友人との写真

 左に映っているのがその友人です。

彼女は大学一年生のときからの友人で、大学生活の中で一番共に過ごした時間が長い人間です。楽しい時も辛い時も一緒に図書館で勉強していました。そんな彼女の好きなものや嫌いなものなど基本的な情報は知っていますが、お互い理解し合っているかと聞かれるとそうだと断言できない自分がいます。私は英語が母国語ではありませんが、会話や講義に全く支障のない程度には英語が話せますし、言葉の理解もできます。

しかし、どんなに英語が上達しても大学で一番一緒にいた友人のことをまだよく知らない気がします。私が自分の大好きな種田山頭火の俳句を彼女に紹介しようとするとき、彼女が自分の好きな本を私に薦めてくれるとき、布団の天日干しについて説明するとき、カナダの移民における問題点について聞くとき、私は彼女のことを全然知らないなと思います。具体的にどういうところをお互い理解し合えてないのかというのは言葉に起こせませんが、会話中にふと「ああ何も知らないな」と思うことが多いのです。

しかし私は、これは私が日本人で彼女がカナダ人だからではない気がします。自分の日本の友人たちにも、お互い使っている言葉が同じだから理解し合っていると錯覚しているだけで、本当はコミュニケーションがとれているに過ぎないのではないかと思います。だから言葉のすれ違いは少なることはあっても無くなることはなく、起こった時は悲しくなるのではないかと思います。

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